■高校生の頃、趣味で文芸同人誌の編集をした。僕は編集長だ。ただし、長といっても偉くはない。編集をしたのは僕一人だ。執筆を頼んだのは4人。皆頭が良さそうだったし、実際良かった。話も面白かったし、本も良く読んでいた。それで小説か、エッセイを頼んだのだ。皆、引き受けた。これで僕は編集が出来るぞと思ってウキウキした。レイアウトシートなども用意した。だが、すぐに問題が起こる。

■書かないのだ。誰も書かないのだ。一人もだよ。書くっていったのに。そんなのあるか。勿論、催促をする。いったい、いつになったら書くのか。すると皆、ハンでついたように同じ事を言うのだ。
「・・・書けない」(ため息をハァ、とつく)。

■だって打ち合わせをしたじゃないか。自信満々に内容を語ったじゃないか。ある一人などこうもいったはずだ。「もう、すべて頭の中にある。あとは書くだけさ」 でも、書かないのだ。一行も書かないのだ。なんだかんだと言い訳ばかりして結局一人も書かなかった。

■それで仲の良かったNに頼んだのだ。Nなら何とかしてくれると思ったのだ。Nは「小説などあまり読まないし、文章なども書いたことはないがまあ何とかしよう」と言い、2週間で50枚ほども書いてくれた。同人誌は、結果的にNの個人誌になったわけである。

■本が出来上がると執筆予定だった4人が現れて、Nの書いた文章をボロクソに批判した。曰く、Nの書いたものはある著名な小説家の文章に良く似ている。スタイルだけ借りた、志の無い駄作だと言うのである。

■僕は、こいつらはなんだろう、と思った。なんなんだよお前らは。

■4人の指摘は確かに当たってはいたのである。Nには書きたいモノなどなかったのだ。それはそうだ。だって僕に頼まれて仕方なく書いたのだから。だからある作家のスタイル-文体など-を借りて、内容はともかく、体裁だけはそれらしいものをと、形だけ、とにかく書いたわけである。それはまあ、僕にも分かった。

■しかしだからと言ってお前らはなんだ。

■きっとこういうことである。奴らは傑作を書こうとしたのである。 このオレ様が書くのであれば、その作品は大傑作以外にあり得ない、と鼻息も荒くだが平静を装うためコーヒーなどすすり書き始めたはずなのである。 一行書き、一枚書いてみる。 読み返す。陳腐である。おかしい。書き直す。読み返す。凡庸である。頭の中にあったときは世紀の大傑作だったものが、実際に書いてみるとコレは・・・という代物にしかならぬ。がっかりだ。こんなもの人目に晒すとバカにされてしまうかもしれない。何より自分が許せない。傷つくぞ、プライドが。悪夢である。

■で、その悪夢から逃れる素晴らしい方法があるのだ。書かなければいい。そして人の書いたぼろぼろの作品をバカにして心の平穏を取り戻すのだ。 バカ者だと思った。このばかめ。

■10年振りにNから連絡があった。小説家になれそうだというのである。ほんとかよ。夏くらいに文芸誌に短編がのるはずだ。なんと感動的な話だろう。

■最初Nには書きたいものは無かったし、書く技術もなかった。ソフトも、ハードも無かったということだ。だが必要に迫られて、ハードだけをどこかから借り受けて、ソフトの無い作品をでっちあげた。そして何作か書く内に、書きたいものが出来た。ソフトが出来たわけだ。だが、ハードはまだ借り物だ。まあでも兎に角書いてゆく。そして10年が経ち、いつの間にかハードも立派に自分製になっていた。自分の技術で、自分の言葉を書く、プロの物書きだ。おめでとう、N。 架空畳ブログ・ジュラ記 (via take-cheeze)

(Source: perm-orange, via grizzzzm)

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※土曜日は読む人が激減することが判明したので、個人的な話を。

たまに休日に妻が実家に帰ることがあって、そうなると僕の生活って本当にダメダメになっちゃうんです。

まず僕は全く料理が出来ないので(何度もトライしたのですがすごく不味い)、近所のコンビニのお弁当とか定食屋で食べることになるのですが、妻がいないとお昼からビールとか飲んじゃってグダグダになるんです。

さらに僕は趣味が「読書」と「音楽鑑賞」しかなくて、本屋とレコード屋をまわって、それをたくさん抱えて帰ってきて、ワインを飲みながらそれらを読んだり聞いたりしながらあっと言う間に休日が終わるんです。

たぶん独身だったらずっとこのパターンの繰り返しなんです。

でも、そういう男性って未婚既婚に関わらず、たくさんいますよね。

本当は海外旅行に行ったり、話題になっている演劇や落語とか体験したりしてみたいのですが、凝り固まってしまって新しい行動が出来ないんです。

           ※

でも、ほとんどの休日はもちろん妻は家にいて、僕が朝起きて犬と遊んでいると「今日は日本民藝館に濱田庄司展を見に行くよ」とか「今は上野の不忍池の蓮の花が見頃だから行くよ」とか勝手に予定を決めてくれているわけなんです。

そして、その妻が選ぶほとんどの「イベント」が僕が普段、全く興味がないものなんです。

僕は美術とか焼き物とか植物とか庭園とか全く興味がないのですが、行くとやっぱりすごくたくさんの発見があるんですよね。

やっぱり中国の皇帝がつくらせた白磁とか鬼気迫る美しさがあったりとか、日本の江戸時代の絵師の技術の高さに感動したりとか、何かと必ず新しい発見があって、僕の堅い頭がグニャリと解きほぐされる感覚が快感なんです。

ちょっと前の日曜日も妻が「今日は銀座に『マダム・イン・ニュー・ヨーク』っていう映画を見に行くよ」と言ったのですが、その日は大雨だってわかってたし、「今日は家でゆっくりしよう」と僕は主張したのですが、当然、「休日の過ごし方の選択権」は僕にはなく、大雨の中、銀座まで見に行ったんですね。

そしたらこの映画がもう涙ボロボロで、「言葉とコミュニケーション」という僕が常日頃考えているテーマを見事に描いている名作だったんです。

で、まあ、「いやあ、大雨の中、わざわざ見に来て良かったよ」と赤い目をしながら、銀座のワインバルで妻に伝えると、「まあ絶対にそう言うと思ってたけどね」と妻は言うわけです。

多くの男性が「凝り固まった一つの生活パターン」や「決まった一つの交友関係」だけで暮らしていると思います。

それだけで満足するのも「アリ」だとは思うのですが、うちの妻のように「無理矢理にでも」違う世界を見せるのも「アリ」だと思います。

ちなみに妻は必ず「それで気づいたことを原稿にして、お金にするように」と言いますが…

bar bossa (via nowonsalesjapan)

よいかんけい

(via kirikuzudo)

スゴくよいかんけい。

(via maguta-c-arts)

(via maguta-c-arts)

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「オタサーには、先ほど述べたように、女の子慣れしていない、コミュニケーションが苦手な人間が多くいます。そこに、同じサークルの人間として、気軽に会話ができる女の子が入って来るのです。その結果、サークルの男子たちは、距離感をつかめないまま、その女性をお姫様のように祭り上げて接することになります。

 そういった、オタサーに入って来る女性は、容姿や性格に問題があっても、とりあえずお姫様待遇を受けます。また、なぜか髪型や服装などが似通っていることが多いと報告されています。  たとえば、黒髪ぱっつんや、ツインテールだったり、やたらフリルの付いた服や、ゴスロリだったり。ニーハイソックスで、太腿を露出させることも多いようです。また言動はオタク系の台詞に染まっていて、女友達が少なく、ボディタッチが多めだったりするという話もあります。時には、精神的に不安定な子だったりもします。

 よく言えば不思議ちゃん。悪く言えば普通の女子集団から疎外されている人。なぜかそういった女性が、オタサーの姫に収まるケースが多いというのが、一般的なイメージのようです」

第83話「オタサーの姫・サークラ」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』 - 雲居 残月 の 小説道場 (via otsune)

(via otsune)

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高校生の頃『バンド名を名無しにしたらカッコいいんじゃないか』という中二病を炸裂させて『NON TITLE』 というバンド名にしてたんですけど、対バン相手に『No Name』『nameless』という同じ発想のバンドが二組も居合わせたことがあったのが今でもトラウマです。 Twitter / tomo8now (via tkr)

(via kikori2660)

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「金剛型バニー」/「ume」の作品 [pixiv] #pixitail
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Marika transparent
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お絵描きいろいろ

日本には「公(おおやけ)」の思想がありません。「公」というのは何か、「公共」とは何でしょうか?

 「公園」というのは、ドイツの文学者ゲーテがつくりました。ゲーテは、封建領主や貴族が独占している美しい庭園を、「すべての社会の構成員に開放せよ」と主張して、「公園」をつくらせたのです。

 そのゲーテの思想に共鳴した世界の諸国民が、すべての学術を社会の構成員に開放しようとして、「博物館」をつくる。すべての社会の構成員に美術を開放しようとして「美術館」をつくっていく。ソーシャル・インクルージョン=「誰もが排除されないで参加することができる」、これが「公」といわれるものです。

 日本人はこれを完全に忘れていますから、「民営化しろ」と言われて、「博物館」もみんな国立大学と同じように「独立行政法人」として真っ先に民営化されたんです。

 イギリスでも絶対そんなことはしません。イギリスに行く機会があったら大英博物館に行ってみてください。入館料など取られないタダですよ。「すべての社会の構成員が排除されないで開放されるもの」、それが「公」っていうことです。

子どもの命より自動車を優先する国は日本以外にない - 「官から民へ」で国民は排除される|すくらむ (via zenrahanra) (via takaoka) (via kml) (via sunao) (via ssgrm) (via yamato) (via kotoripiyopiyo) (via mitaimon) (via ittm, otsune) (via gkojax-text) (via yaruo) (via deli-hell-me) (via yutaka1620) (via hisame) (via kikori2660)
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らくがきまとめ [19]
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ababari(光)さんはTwitterを使っています 健全な水着の絵を描きました http://t.co/5u59TEqKwN